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2020年1月 1日 (水)

   <<< 新年のご挨拶 >>>

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<<< 新年のご挨拶 >>>・・・あの阪神淡路大震災から25年が経ちました。
                            
                                 元 灘地域助け合いひまわりネットワーク代表 池辺幸惠 
 

   みなさん、お元気ですか?  あの1995年1月17日の阪神淡路大震災から、はや25年が経ちました。わたくし池辺幸惠は、当時 阪急六甲駅の山の方、神戸市灘区篠原伯母野山に住んでおり、早朝5時46分、布団の中で、ドドーン、ドーンとつきあげられガタガタガタと、ひどく揺さぶられ5分ぐらいに思えた揺れも実際は30秒た らずだったのです。そして、外を見ると暗い街にボンボンと爆発音とともに火が燃えあがり救急車 消防車のサイレンが飛び交っていました。明るくなると神戸方面には黒い煙が何本も立ち登っていました。

   そして、翌朝から毎日炊き出しのボランティアを始めた私は、4月にはシニアとお母さんたちの震災ボランティア”灘地域助け合いひまわりネットワーク”をたちあげ、代表として3年近く灘区一円を一手に引き受けて震災ボランティア活動のコーディネートをしておりました。その経過は  http://yukichan.cc   ←わたしのHP(ゆきちゃんの世界)の <阪神淡路大震災ボランティア>の項に詳しくのせてあります。

    怒涛の震災ボランティアの3年がすぎて、わたしは西宮市甲東園にひっこしピアノを再開しました。そして生徒たちを7~ 8年しっかり育てて音大や教育大に何人も送り込みました。毎度 甲東公民館や甲東ホールで生徒たちと”ふれあいコンサート”もしました。また中国音楽コンクールや長江杯アジアコンクールで、金賞や銀賞、神戸市文化振興財団賞等いただきました。 

 そして、ふしぎなご縁で、往年の名歌手 小笠原美都子先生と知り合い、朝鮮と長年懇意になさっていた美都子先生に請われて、2012年の4月の太陽節に、はじめて朝鮮に行き”4月の春の祭典”で自作の「アリラン変奏曲」を弾きディプロマ賞とクリスタルのトロフィーを獲得しました。以来、朝鮮には何回か出かけました。最初の訪朝の翌年、92歳の小笠原先生を囲んで「歌はわが華」、朝鮮のハッキョへのチャリティーコンサートを催しました。以後は西宮のグループホームの小笠原先生を訪ねては一緒にうたったりおしゃべりをしていました。

 というわけで、あの神戸の震災ボランティアから はや25年、わたしも年をとるわけです。でも、震災のトラウマがのこっていたので・・・、一昨年にようやく三宮の東公園の追悼にでかけれました。そして、いかな もう25年を経て、ようやく今回、池辺晋一郎先生の「震災組曲」を歌って 自分の中であの大惨事にケリをつけなくてはと思われました。
 というのも神戸市民センター合唱団の11月末の歌声祭典に参加して歌ってとても楽しかったので、新年には「震災組曲」を是非一緒に歌えたらと思ったのです。

 わたしの震災ボランティアは音楽でなく一般のことごとでしたし、以来震災に触れるのは「幸せ運べるように」を弾き歌いする時ぐらいでした。みなさまも震災の様子を25年経った今なら冷静に聞いていただけるのではないでしょうか?

 1月15日(水) 新長田駅前ピフレホールに 「震災組曲 全8曲」を 是非聞きにいらしてくださいませ。

 そして神戸の震災の歌「幸せ運べるように」と、もう一曲は「群青」ですが、これは福島の高校生が作詞・作曲しました。これも3.11の大惨事をのりこえて未来に向けて生きてゆこうとする希望と元気がわいてくる明るく暖かい癒しの歌です。

 わたし自身 現在は、7年前に宝塚の仁川に息子夫婦と同居して住みはじめ、宝塚市のコーラスグループの伴奏や年金者組合での ”うたごえ喫茶”などピアノと歌が半々の活動をしています。震災ボランティアを終えてからも”平和のピアニスト”として、広島の被爆ピアノと一緒にスクリーンも使って日本各地をドサまわりしたり、各地のイベントに参加、中国・フランス・アメリカ・韓国・ドイツ等にも演奏に出かけました。   

http://www.youtube.com/watch?v=ajlEcL7mFnI


 ところで、昨年の2019年は、まさに波乱万丈の年で2月はメキシコに出かけたり、3月には福島原発事故からの避難者のお母さんの宝塚市議当選のお手伝い、5・6月には山本太郎の参議院選挙の手伝い、と、7月25日に小笠原美都子先生が肺炎で救急で病院に入られて1週間で亡くなられたのです。享年100歳。まだまだお元気で秋には白寿のコンサートをしましょう、と言ってたのに大変残念でなりませんでした。

 で、9月7日には、在日の方々の支援もあって「小笠原美都子さんを偲ぶ会」を大阪のホテルアウィーナで行い140名もの方々が来てくださいました。そして「日朝音楽芸術交流会」の昔からの大先輩方々とも出会い、又歌謡界の方々とも出会って、改めて小笠原先生の偉大さと交流の広さに感心いたしました。

  そして今     ◯「あゝ、想い出の十三夜」    尾形成雄 作詞作曲
       ◯「うたは華」         矢名完至 作詞 やなせはるひこ 作曲

 この名曲!!! 2曲を、これまでの先生の「十三夜」「琵琶湖哀歌」・・・などに新たに加えてみなさまにご紹介しています。10月末にもピアニストのにしかわまことさん、半島歌謡のオーソリティー大和フランシスさん、90才の陰山恭道ご夫妻等と一緒に「小笠原美都子さんを偲ぶ会 第2弾」を神戸でおこない、大変好評でした。

  そして  今年は 2020年7月25日(土)の一周忌の命日に、第3回「 小笠原美都子さんを偲ぶ会」を催したいと思っています。みなさま、どうぞ、その日にはご参集くださり、美都子先生を偲んで、演奏などご披露いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。  


 今年がみなさまにとって 素晴らしい年になりますよう祈っております!!!
          

                2020.1.1     日朝音楽芸術交流会会長  
                                            宝塚音楽と平和のつどい主宰
                                            日本演奏連盟会員         池辺幸惠 

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