笛を配る人(2) 前代未聞の叱責
前代未聞の叱責
去年12月16日、我々南京路院区の急診科は1人の患者を診た。高熱が続きずっと服薬したもののよくならず、体温を下げようにもどうにも下がらなかった。22日に呼吸科に送り気管支ファイバースコープ検査を行って肺胞洗浄液のサンプルを外部のハイスループットシークエンスに送り、追って口頭でコロナウイルスであるという報告を受けた。当時の同僚は私の耳の横で何度も「アイ主任、あの人が報告したのはコロナウイルスです」と言った。あとになってその患者が華南海鮮市場で働いていたと知った。
そのすぐあと12月27日、南京路院区にまた一人の患者が訪れた。その人は同僚の医師の甥で、40代。全く基礎疾患はないが肺は手に負えない状態で、酸素飽和度は90%しかなかった。他の小さな病院で10日前後治療を受けたが全くよくならず、呼吸器科の集中治療室に入った。そしておなじように肺胞洗浄液を検査に送った。
12月30日の昼、同济医院で働く同級生がwechatのチャットログのキャプチャを送ってきた。そこには「華南(海鮮市場)にいかないほうがいい、あそこでは多くの人が高熱を出している」と書かれていた。彼は私にこれは本当かと聞いた。それを受け取った時ちょうど私はPCを開いてとても典型的な肺感染患者のCTを確認していたので、そのCTを11秒の動画に収めて彼に送って、彼にこれが今日午前来た急診の患者で、この人も華南海鮮市場に関係があると伝えた。
その日の午後4時ごろ、同僚がある検査報告書を見せてきた。そこには「SARSコロナウイルス、緑膿菌、46種の口腔/気道常在菌」と書かれていた。私は仔細にかつ何度もこのレポートを見直し、下の方に注釈としてSARSコロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルスだ、そしてこのウイルスの主要な感染は近距離の飛沫感染および患者の気道分泌物に接触するにより明確な感染性を帯び、多臓器系に及ぶ特殊な肺炎を引き起こす、として「SARS型肺炎」とも書いた。
その時、この恐ろしいものに対する恐怖による冷や汗が頬を伝った。患者は呼吸器科に入院しているので彼らはきっと状況を報告してくるはずだ。しかし念を入れるためと、私がそれを重視しているという点を伝える為、すぐに病院の公共衛生科と感染管理科に直接電話し情報を共有した。
その時ちょうどSARSの時もすでに働いていた呼吸器科の主任が私の部屋の前を通りがかったので、彼を引っ張り込んで「あなたの科にいる患者からこれが見つかった」と話した。彼もこれを一目見てすぐに、これは厄介なことだ、といった。
関係部署に電話した後、同級生にもこのレポートを転送した。重視してもらうため、あるいは注意を引くために「SARSコロナウイルス、緑膿菌、46種の口腔/気道常在菌」という一連の文字を赤で丸囲みした。またこのレポートを科の医師たちのグループにアップし、みなに注意するように呼び掛けた。
夜になってこの情報が知れ渡り、グループにあふれるキャプチャは私のその赤い丸で占められた。後になって知ったけど、李文亮がグループに出したのもこの写真だった。心の中でもしかしたら面倒になったかもしれないと思った。夜10時20分になって病院が市の衛生委員会の通知を転送してきた。大まかな意味は、市民のパニックを避けるためにも原因不明の肺炎について勝手に対外的に情報を公表してはならない、もし万が一そうした情報を勝手に出してパニックを招いた場合、責任を追及するというものだった。
それを見た時は恐れの気持ちでいっぱいだった。そしてこの情報を同級生にすぐに転送した。1時間ほどしてまた病院から通知があり、そこにはグループ内の関連情報を外に出すなと強調されていた。次の日1月1日夜11時46分、医院監察科科長から翌朝出頭するようにという指示が届いた。
その夜はまったく寝れなかった。すごく心配で、何度も寝返りを打ちながら考え、物事にはすべて二面性があり、もしよくない影響があったとしても、武漢の医療関係者に防疫を呼びかけること自体は必ずしも悪い事ではないと自分に言い聞かせた。翌朝8時過ぎシフトの引継ぎも終えないうちに、出頭しろという催促の電話がまたかかってきた。
その後の约谈(訳注:事情聴取/ヒアリングと訳されることが多いが、政府機関などが企業を呼び出し改善を要求する時などに使われる)は私が今まで経験したこともない非常に厳しい叱責だった。
その時私を叱責した幹部は「我々は会議に出席する時も恥ずかしくて顔をあげる事ができない。某某主任が我々の病院のアイとかいう医師を批判したからだ。お前はプロとして、武汉市中心医院急诊科の主任として、どう考えたらこのような組織の規律を乱すようなことができるんだ?」これは彼が言ったセリフ一言一句そのまま。彼らは私にもどって私の部署の200人以上もいるスタッフ全員に、デマを流すなと伝えろと命令した。しかしwechatでSMSのメッセージではだめだという。面と向かって話すか電話で伝えろ、しかし肺炎に関する事だとは話してはならない、「自分の夫にすらも言ってはならない」と…
頭が真っ白になった。この人は私が仕事で努力しなかったことを批判しているのではなく、この全武漢の発展のまたとない機会が私ひとりによってめちゃくちゃにされたと言われているかのようだった。絶望を感じた。
私は普段は真面目に仕事をするだけの人間だ。自分がすることはルールにのっとった事だけだし、道理がある事だ。私がどのような間違いを犯したと言うのか?このレポートを見た後病院にも報告したし、同級生や同業の医者とひとつのケースについて意見交換をしたのは確かだが、それは医療従事者同士の交流であり、患者のいかなる個人情報も漏らしてはいない。一人の臨床医として、患者の体内に重要なウイルスがある事を発見した後、もし別の医者に問われた時、どうして答えない等という事が可能だろうか。これは医者としての本能だ。そうでしょう?何か間違いを冒したとでもいうのだろうか。私はひとりの医者で、ひとりのするべきことをする人でありたい。もし他の誰かがこの立場だったとしても、同じようにしただろう。
叱責を受けた時、非常に情緒不安定になっていた。これは私がやった事で他の人とは関係ない、いいから私を牢に放り込めばいいと言った。さらに、この状態ではこの職務を続けることはふさわしくないので、ひと時やませてほしいとも言った。しかし幹部はそれに同意せず、いまはお前を見定めているのだと言った。
このことはよく覚えているけれど、夜になって家に帰り、扉を開けて部屋に入り夫に「もし私になにかがあったら子供をよろしく頼むわ」と言った。二番目の子供はまだ1歳ちょっとだったから。私は警告を受けたことを言わなかったので、彼は何を言われているかさっぱりな様子だった。1月20日に钟南山博士が人から人に感染するといってからようやく私は彼にあの日何が起こったのかを伝えることができた。それまでの間、家族にさえも、人の多い所にいかないこと、出かけるときはマスクをすること、とだけ言うのが精いっぱいだった。
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