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2020年3月18日 (水)

笛を配る人(6) 手に入れることができない幸福

                                        手に入れることができない幸福

2月17日、私は(訳注:契機となった画像を最初にうけとり、他に転送した)同济医院の同級生から「申し訳ない」というメッセージを受け取った。私は「むしろあなたが転送してくれたおかげで一部の人には注意喚起をする事ができた。もし彼がそうしなかったら、李文亮をふくむあの8人はいなかったし、このことを知りえたのはもっと少ない数だったかもしれない」と返信した。

今回、3人の女性医師の家族全員が感染した。2人は夫、夫の父、母が感染し、残りの1人は父母、姉、夫、それに自分自身の5人が感染した。みな、こんなに早くウイルスに気づいていたのにそれでいてこんな結果になってしまったのかと愕然とした。こんな大きな損失に、代償はあまりに大きく、各方面に及ぶ。亡くなった人だけでなく、生き残った患者たちもみなそれを受け入れなければいけない。

私たちの「急診加油群」では常にお互いの身体の状態について情報交換がされていて、例えば誰かがずっと心拍が120回/分だといっていた。これは深刻なのかといえば当然深刻だ。すこし動いただけで動悸になるのであれば、これらは彼らの一生に影響しかねない。ひょっとしたら年を取ったあと心肺機能が人より早く衰えないだろうか…いまは何も判断できない。誰もが山に登ったり旅行に行ったりできる中で、その人だけができないかもしれない。そうした(後遺症が残る)可能性は常にある。

武漢もだ。みな武漢という街は賑やかな街だと言うが、いま街に出てもまったくの静寂だ。多くのものは買おうと思っても手に入らず、全国から支援をもらっている状況だ。数日前、広西からきた支援の看護師が仕事中に突然意識を失った。緊急処置を行いなんとか心拍は取り戻したが、まだ昏睡の身だ。彼女はもしここに来なければ、こんなひどい目にあわずに自分の家で楽しく過ごす事ができただろう。

・・・・

今回の災禍をによって病院の多くの人に深い傷跡を残した。私の部下、特にチームの中心的役割を果たしていたような医師も少なからず辞めたいといってきた。みな、以前この医師という職業に対して持っていた考え方や常識が揺らいだことは否めない。こんなにも努力をしたではないか?亡くなった江学庆医師もそうだ。彼は仕事に対して非常にまじめで、患者に対してもまじめだった。毎年毎年正月も祝日もいつも手術をしていた。今日彼の娘のメッセージを投稿していた。彼女のパパは自身の時間のすべてを患者にささげた、と。

私自身も数えきれないほど、例えば家に戻って主婦になろうか、などと考えた。この病気が蔓延し始めてから私は一切家に帰らず、夫と共に別の場所に泊まって、子供たちは私の妹が面倒を見ていた。二番目のまだ小さなこどもは私のことを忘れてしまって、ビデオ通話をしても私が母だとわからない様子だった。私はその事にもとても落ち込んだ。2番目の子供はとても大変で、この子は生まれたころすでに5キロあって、私自身も妊娠糖尿病になった。もともとまだ授乳中だったが、このことで断乳した。これを決めた時もつらい気持ちになった。夫は私に「人の一生の中でこのような災禍に巡り合って、しかもきみは単なる参加者ではなく、チームを率いて闘った。これはとても意義があることなんだよ。時間が経ってすべてが元に戻った後、皆でこのことを思い出すとき、きっとこれはとても貴重な経験だったと思えるだろう」といった。

2月21日の朝、私が幹部と話していた時、いくつか聞きたいと思った事があった。たとえばあの時私を叱責した事を間違いだと思わないか?とか。私は謝罪が欲しかった。でも口にだす勇気をどうしても持てなかった。そして、誰も、どのような場でも、私に対して謝罪の言葉を口にすることはなかった。しかし、私は、今回の出来事を通じて、すべての人は自分の独立した思想を持つべきだということが証明されたと思う。立ち上がって本当のことを言う人が必要だ。そうした誰かが必要なのだ。『この世界には多様な声が必要とされている(訳注:李文亮医師の遺言とされている言葉)』そういうことでしょ?

ひとりの武漢人として、自分の故郷の街を愛さないなんていうことはできない。以前の普通すぎる生活を思うと、それがどんな贅沢で幸福なことだったかわかる。私も子供と一緒に遊びに行って滑り台をすべるのを見ること、夫と一緒に映画を見にいくこと、そういった以前は特別でもなんでもなかったことが、今になって幸福だったとわかる。今となっては得ることもできない幸福だったと。

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